2018.8.26 二つ目の試みを受けるイエス

自分が何か心に「気にしている事」があれば、そこにサタンからの誘惑の声がかかってくる。
エデンの園のエバもそうだった。なぜこの木からは取って食べてはいけないのかと、その木の事が気になっていた。
ある日、サタンは木に住まう蛇をとおしてエバに語りかけ、誘惑し、まちがった道(神への罪悪)に進ませた。エバがサタンの言葉を信じたからである。イエスが登場するや、サタンはイエスをも誘惑しようとした。

イエス当時のユダヤ人たちは、イスラエルの最盛期(黄金時代)を築いたダビデ・ソロモン王国時代の再来を期待していた。
しかし神は、イザヤ、エレミヤ、エゼキエルなどの預言者たちによって、新しい契約・新しい時代(神の霊とことばにより生きる)が来ることを何度も告げておられた。
ユダヤではバビロン捕囚から帰還した後、神殿祭儀と律法が強調され、民はそれらに従うよう指導された。

イエスは預言者たちが伝えた新しい契約・新しい時代、つまり神の霊とことばにより生かされる時が来たことを語られた。
すなわち、神の霊とことばによって神を礼拝し、神の霊とことばによって真理を知り、永遠のいのちを受け取るべき「神の国の時」が来たことを教えた。
神殿に仕える祭司や律法主義者たちはイエスに猛反発し、イエスを憎み、命を狙った。
イエスはむろん死を覚悟していたが、ただ死ぬのではなく、聖書で事細かく語られているとおりに死んでいくことを目指していた。つまり、十字架刑による死であった。
それ以外の死に方は何としても回避しなければならない。自分の命を狙う者から身を守らなければならない。この事を気にかけておられた。そこをサタンが突いてきた。
聖書に、「あなたが高い所から飛び降りても、神が天使たちに命じて足が折れないように、両手であなたを支える」と書いてありますから、一度試してみてはどうですかと言った。
聖書に書かれているとおりに、実際に神が働かれるかどうか試してみてはどうかと誘った。
イエスは、「あなたの神を試みてはならない」と書いてあると言って、サタンをすぐに退けた。
神の言葉を試してはならない。そのまま信じるべきである。
詩篇1:1に、「悪しき者のはかりごとに歩まず」とある。気になる事について、サタンが心を誘惑してきた時、イエスに倣い、神のことばで撃退しよう。決して受け入れてはならない。
もっともらしい事を言って誘惑するが、それは死への誘惑であることを知ろう。

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