2018.3.18 テサロニケ第一 5:21-22

「すべてのものを識別して、良いものを守り、あらゆる種類の悪から遠ざかりなさい」(5:21-22)。

「良いもの」とは何か。
ローマ12:2に「この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって造り変えられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知りなさい」とある。良いものとは「神の御旨・善・神に喜ばれること・全きもの(新改訳・新共同訳:「完全なこと」)」のことである。

「この世(人間)と妥協するな(新改訳:「調子を合わせるな」、新共同訳:「倣うな」)」とあるが、なぜ人間に倣ってはいけないのか。
「世は自分の知恵で神を知ることはできなかった」(コリント第一1:21 新共同訳)とある。つまり人間は、万物の創造者(創始者)であり、その完成者である神を自分の知識や知恵によって知ることができない。人間の知識に重大な空白部分があるからである。空白部分が埋められる時、人間の知識が「全きもの」(完全なもの)となる。

では、何によって知識の空白を埋めるのか。創世記2:17で、神はアダムに「善悪を知る木の実からは取って食べてはならない」と言われた。これは「善悪を知る」ことそのものを禁じたのではない。「善悪を知る木」から取って食べることで「善悪を知る」ことを禁じたのである。なぜか。神によって「善悪を知る」べきだから。

では、どうすれば神によって知ることができるのか。
さきほどのローマ12:2の前の1節に、自分を神にささげなさいとある。神と神のことばに「服従する」時、自分を神にささげることになる。神は、服従する者に聖霊を送ってくださる(使徒5:32)。
聖霊さまが、みことばから「善や悪を知らせ、悟らせてくださる」のである。聖霊さまは、わたしたちの必要のすべてを与えてくださる。神を信頼して自分の心を神に大きく開こう。疑いや慎重さは心の口を狭めるが、信頼は心の口を開く。「あなたの口を広く開けよ。わたしはそれを満たそう」(詩篇81:10)。「あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父(神)からくだってくる」のである(ヤコブ1:17)。

善も悪も第一義的には「人に対する」ものではなく、「神に対する」ものを言う。神に対する善、神に対する悪である。聖書はつねに「神を第一に意識している」のである。

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