2018.1.28 テサロニケ第一3:13-4:12

 テサロニケの信徒のためにパウロが祈っている事。三つ(3:11-13)の三番目が、
①心を強められ、
②清くあって、
③イエスが来られる日に責められることがないようにであった。

 ①「心を強められ」。テサロニケ第二2:15-16に、「堅く立って、わたしたちの言葉や手紙で教えられた言い伝え(新共同:伝えた教え)を、しっかりと守り続けなさい。・・・・永遠の慰めと確かな望みを賜わる神が心を励まし、あなたがたを強めて」とある
。「心を励まし、強める」ものは、神からの「永遠の慰めと確かな望み」を与える御言葉である。慰めや希望の御言葉に励まされ、強められて、信仰が堅くされ、しっかり持ち続けることができるのである。
励まし、希望を与える御言葉を聖書から見つけ出そう。自分で見つけたものほど心に植わる。「高価な一個の真珠を探している商人」(マタイ13:45-46)のようになろう。

 ②「清く」あれ。御言葉は心を清くしていく。パウロはテサロニケ第一4:3-12で、不品行を慎み、からだを汚さず、情欲をほしいままにしないようにと勧める。からだの清さである。
その次に、仕事に身を入れて働き、落ち着いた生活をするようにと、生活の安定に言及している。極端な精神主義者・観念主義者にならず、実生活においても神の栄光を現していく者となろう。実生活のための諸必要をも神に満たしていただこう。それを約束している御言葉がある。それを心に受けて、信じ、信仰告白をささげよう。

 ③「主イエスがすべての聖なる者と共に来られる時、責められるところのない者にしてくださるように」。マタイ25:31-46に、「人の子(イエス)が栄光の中にすべての御使たちを従えて来る時」(31)とある。
すべての国民を集めて、右左二つに分けられる。死後の「さばき」である。ヨハネ5:28-29に、「墓の中にいる者たち」(死者の霊魂)は「善を行った者」と「悪を行った者」に分けられ、それぞれ報いを受けるとある。
「善を行う」「悪を行う」とは、どういうことをいうのか。箴言3:5-7にその答えがある。悪とは、神の言葉に従わず、自分の知識・判断に従う者をいう。善は、神を信頼し、神の言葉を「わが足のともしび、わが道の光」(詩篇119:105)として、従う者である。神の言葉を軽視し、拒み、捨てる者は、さばきの日に、その言葉によって責められ、さばかれる。
そのさばきとは、死後の世界において、神から永遠に引き離され、悪魔と地獄で共存することである。善と悪のどちらの声に従うのか。運命の選択をまちがわないようにしよう。

PAGETOP
ツールバーへスキップ