2017.11.5 先週のリー・ヨンス牧師による特別礼拝より

11月5日(日)の礼拝は、静岡サミル聖書教会牧師リー・ヨンス師を迎えてメッセージを拝聴した。三度目である。
静岡~高松間は高速道路で500キロを超えるが、リー師は今年も車で来られた。お元気である。
説教中、三度カラオケで独唱された。ドイツの音楽学校を卒業され、音楽家の認定国家試験を優秀な成績でパスされただけに、いまもその力を保持しておられる。
主にささげる賛美曲では、主への感謝と賛美の思いが深く、強く感じられ、聴く者の心と霊を満たしていく。

 この礼拝で語られたことの要点を個人的な印象を交えて、簡単に述べさせていただく。リ師は、父親の酒癖とひどいDVによる家庭の暗さに心を痛め、傷つき、人間不信にまで陥った。
さいわい音楽の歌唱力に秀でていたため、ドイツに留学。将来、声楽で成功し、裕福な暮らしをと夢見た。だが現実はそう甘くはなかった。
30歳の時、イエス・キリストに触れ、長年の「心の闇」が溶かされていった。祈りと黙想の中で、日本の神学校で学び、牧師の道を歩むよう、神に召された。神はイザヤ49:1-3の聖句を示し、リー師に新しいアイデンティティーを与えた。卒業後、静岡で開拓伝道を始め、いまの教会を立ち上げた。

 「あなたがたのうちに働きかけ、願いを起こさせ、かつ実現に至らせるのは神である」(ピリピ2:13)。
リー師は神からくる新しい「願い」(望み・夢)をもち、それに献身している。
静岡市民70万に対し、7千人の教会を建てあげる。声楽での奉仕、インナーヒーリングによる奉仕。礼拝でとくに力説されたのは、「神はあなたをも召しておられます」だった。
神は人生に「願い」(望み・夢)を与えてくださる。みことばをもって召してくださる。あなたの人生に「神の実を結ばせよう」としておられる。恐れず、それを受けよう。

 神が心霊に示してくださる「みことば」を心に留め、それを忘れることなく、昼も夜もくりかえし思う。そして、心の中に刷り込んでいく。
soaking(ソーキング)する。浸す、心にしみ入らせる、吸収する。すると、こんどは心があなたを動かし、物事を動かし、神をも動かすようになる。願いが実現していく。
人間の思いからくる「願い」(望み・夢)と、神の思いからくる「願い」(望み・夢)がある。前者は人間に栄光をもたらし、後者は神に栄光をもたらす。人の子として生きるか、神の子として生きるか。一考を要する問題だ。

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